2015年05月20日

頬張った私は、思わ

頬張った私は、思わ

うわぁ、おいしいです!」


特上カルビを口いっぱいに頬張った私は、思わず顔を綻ばす。


「でしょ願景村 退費?ここの店のお肉って美味しいよね」

「はいっ!私こんな美味しい焼肉食べた事ありません!」

「好きなだけ食べて。今日は僕のおごりだから」


沖田さんは頬杖をつきながらにっこりと笑う。


「沖田さんは食べないんですか・・・?お腹ぺこぺこって言ってたのに」

「うん、なんだか嬉しそうに食べてる君を見てたら、それだけで胸が一杯になってきちゃってさ」

「あ・・・す、すみません、私ばっかり」


ハッと我に返れば沖田さんはお肉を焼くばかりで、それを私だけがパクパクと食べている。

うわ、なんかこれってすっごく恥ずかしい。
いくら美味しかったとはいえ、私ったら厚かましいことこの上ない。

そういえばここって、すごく高そうなお店だけど大丈夫なのかな・・・?
遠慮がちにちらりと見上げれば願景村 邪教、沖田さんは私の気持ちを察したように頷いてくれる。


「いいんだよ別に。その為に君を連れて来たんだから。さ、もっと食べなよ」

「は、はい・・・」


私ばっかり食べていいのかなぁなんて思いながらも、お酒を飲みながらの楽しい会話は私の気持ちを緩ませる。
最早土方さんに注意を受けた事なんてすっかり忘却の彼方で、私は沖田さんと二人きりのこの時間を存分に楽しんでしまっていた探索四十


「ねえ、まりあちゃんグラスが空だよ」

「あ、ほんとだ」

「お代わり頼もうね」


沖田さんは私の好きそうな口当たりのいいお酒を注文してくれる。
もう大分飲んでいる気がしたけど、今日はこの間みたいに一気に酔いが回らず心地良いふわふわ感がずっと続いていて、いくらでも飲み続けていられそうな感じがした。

美味しいお酒や食べ物と大好きな沖田さんがいるというこの状況が、堪らなく私の気持ちを高揚させ、ハッピーな気分にする、


・・・でも、それからさらに2杯のお代わりを頼まれた頃、私はいい加減全身が気だるくなったのを感じはじめた。

ああ、そろそろヤバいかも・・・。
もう終わりにしないと、後が大変そう。


「もう一杯どう?」

「いえ、もう結構です。歩けなくなりそう・・・」

「そう?まだまだ平気そうに見えるけど・・・。でも無理するのは止めておこうか。この間みたいに逃げられちゃったらがっかりしちゃうし」

「逃げるだなんてそんな・・・」


沖田さんがクスクスと笑いながら冗談を言うので、私は慌ててそれを否定する。


「もちろん分かってるよ。ただ、僕は少しでも長く君と一緒にいたいだけ」

「沖田さん・・・」


さらっと言われた言葉が怖い程にぐっと来る。
やっぱり沖田さんってすごいなぁ。私、どう頑張っても勝てる気がしない・・・。




それから暫く、存分にお肉を堪能した私たちはそろそろお店を出ようとしていた。
先に席を立った沖田さんが、私の脇に置かれていた伝票を取ろうとこちらに手を伸ばす。


「きゃっ・・・!」

「うわ、ごめん!!」


沖田さんの手が伝票の脇に置かれていたグラスにぶつかり、それがコトンとテーブルの上に倒れる。
その弾みで、中に残っていたカシスリキュールのカクテルがテーブルの端を伝って私のスカートにぽたぽたと染みを作った。


「どうしよう・・・ゴメンね、洋服汚しちゃった」

「いえ、平気です。家で洗えば大丈夫ですから」


そうは言ってみたものの、ベージュのスカートに広範囲に飛んだ赤い染みは結構目立った。

沖田さんはすぐに店員さんから新しいおしぼりを貰って私のスカートを拭ってくれたけど、そう簡単には落ちずに肩を落とす。


「本当に大丈夫ですよ・・・気にしないでくださいね」

「でも・・・」

「へーきです!どうせ安物ですから!」


私は、彼に気遣わせないようにと精一杯の笑顔を見せたけど、彼の表情は曇ったままだ。

別に沖田さんだってわざとやった訳じゃないし、そこまで気にしてくれなくてもいいのにな・・・。
そんなに悲痛な顔をされると、逆に私の方が恐縮してしまう。


「とにかくこのままじゃ何だし、店を出よっか」


でも、そう言った沖田さんはさっさと会計を済ませると私の背中に手を添え出口へと向かう。
ちょっと焦った様なその素振りに首を傾げていた私は、あれよあれよと言う間に外へと押し出された。




「・・・ね、僕の家に来ない?」

「は?」


外に出るなりそう言われて、私は驚きのあまり歩みを止めた。


「だって、そんな格好で君を連れまわす訳にはいかないでしょ?僕の家はすぐ近くだからさ」

「で、でも・・・」

「すぐに汚れを落とさないと染みが残っちゃいそうだし、着替えは貸してあげるから、ね?」


そんな事急に言われても、さすがにはいそうですかと簡単には言えない。
だって、沖田さんの家に行くなんて私の人生を揺るがす程の大事件だ。

それに今日はたくわんを買って来いって土方さんに・・・って、そんなこと今は関係ないじゃない!


「あ、あの・・・だったら自分の家に帰ります。そうすれば・・・」

「あのさ、少しくらい男心も察してよ」

「へ?」

「このハプニングを利用して君と親密になりたいっていう僕の魂胆、分からない?」


沖田さんは少し照れくさそうな表情で口を尖らせる。

あ・・・。
そういうことですか。


私は悩んだ。
ここで沖田さんのお誘いを断ってしまえば、もう二度とこんなチャンスはないかもしれない。

でも、今日はたくわんを・・・って、もうそれはいいから!!

私が決断できずにまごまごしていると、沖田さんは困った様な顔をして私の手を握った。


「そんな顔されたら、嫌われてるんじゃないかって思っちゃうな」

「そんな・・・!そんなはずないです!」

「・・・なら、いいよね?」


有無を言わせぬ口調でそう言いきった彼は、握った手にぎゅっと力を込め歩き出す。


「そこの大通りまで出たらタクシー拾うから、そんな格好で悪いけど少しだけ我慢してね」


そう言っていつも通りの魅惑的な表情で私を振り向き、にこりと笑って見せた。






タクシーに乗った私たちは、程なく彼の住むマンションへと辿りついた。
瀟洒な造りの建物に感心しながらきょろきょろしていると、エレベータはいつの間にか最上階のフロアに到着する。


「どうぞ」

「おじゃまします・・・」


緊張しつつ上がった家の中は、予想通り家具やインテリアもセンスが良くて、綺麗に片付いていた。
沖田さんらしい隙の無さというか、彼の男性としての完璧さを表すようなその部屋の様子に私は感動すら覚える。


・・・だけど、リビングに案内されてさりげなく辺りを見回した私は、ふと妙な事を感じた。

なんていうか、生活感のない部屋だな・・・。
確かに綺麗でチリ一つ落ちてないなんだけど、そこには何となく違和感があった。

例えば毎日暮らしていればその辺に放ってありそうなダイレクトメールとか、朝食の洗い物の痕跡とか、干してある洗濯物とか・・・。
それに隣の部屋にちらりと見えるベッドは、まるでホテルでベッドメイクされた直後のようにぴっちりと綺麗に整えられていた。

うーん・・・。

首を捻ってみたけど、でもその疑問に対する明確な答えなんてもちろん出ては来ない。
だから私は、単に沖田さんは非常に几帳面な男性なんだろうとそう結論付けた。


「はい、これ。着替えてきなよ。その間にスカート洗ってあげる」

「あ、はい・・」


洗面所に押し込まれた私は、仕方なく渡された部屋着っぽい洋服に袖を通す。
男物だから少し大きいけど、着られないと言う程ではない。

・・・これ、新品だ。
わざわざ気を使って新しい服を出してくれたのかな?
でもどう見ても沖田さんのサイズじゃない・・・。

私は背後にある洗面台を何気なく振り返る。
そこには当然のように石鹸や歯ブラシなどが置かれていた。



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